『ほほえみ』
〜第一章〜
切ない気持ち
| 自分の気持ちがおかしいことに気付き始めた。 なんなんだろう…荻島が気になってしょうがない… 詩織は何度も自問自答を繰り返すが、答えは出て来ないのである。 そんな日々が暫く続く… モチロン、荻島とも週幾度かは話をするようになっていた。 詩織はその度にときめいている自分に半ば半信半疑でいた。 この年で恋?まさかね… 自分は既に結婚して、幸せな家庭を築いているのに…まして、夫とは3年も付き合って、一緒にいたくて、結婚した。 もちろん、それは愛しているから…の他ならないのである。 今、夫に恋をしているかと問われると、その答えもはっきりと出て来ないことは確かでもある。 多分、夫紀行もそれは同じであろう… 恋をして、愛し合うようになる、この段階では恋人同士。 やがて結婚する事によって、家庭を築く基盤を作る夫婦になる。 子供が生まれ、父、母になり、夫、妻として、お互いを認めていく。 夫に対しての恋心は生活を共にして、総てを受け入れ、父親になった夫を見ると、いつの間にか薄れていった。 そして、その反面、芽生えてくる感情として、尊敬という気持ちが大きくなっていく。 確かに仕事一筋で家庭を見ない夫ではあるが、結局はそれもこれも少なからず家族の為なのであるというのは明らかではあるのだ。 毎日のSでの仕事の中で、荻島と関わる事が、楽しい自分に、もう嘘はない。 小さな小さな恋の芽が詩織の中で膨らんでいた。 「聞いた?荻島君と深井さんが付き合ってるらしいね」 仕事が終り、詩織がいつもの様に休憩室でコーヒーを飲んでいた時、夕方から入るバイトの男の子が他のバイトの女の子に話してる。 聞くつもりが無くても、その言葉は詩織の耳に入ってきた。 「へぇ…あの二人ならお似合いかもね」 その会話にそれとなく詩織は聞いてみた。 「深井さんって、ここにいる子?」 聞いたことがない名前なのである。 「あ、バイトの子です、専門学校に行ってる人ですよ」 「そうなんだ…」 そう言い返して、後は知らん振り…そんな素振りでコーヒーを口にした。 当たり前といえば当たり前の話でもある。 大学生の若い子が付き合う事はもちろんどこにでもある。 『彼女くらいいても当然だよね…』 心の中で詩織は自分に言い聞かせていた。 「しかし、あの二人がヤるところを想像すると、笑っちゃうね!」 「いやーん、やめてよぉー!」 「だってさ!あの二人痩せてるから、骨盤が当たってさ…」 「きゃあ=!あははっは…」 何気にワークスケジュールで、"荻島"と"深井"という名前を探していたのだが、彼等の話がいつの間にかとんでもない会話になっている。 詩織は聞く耳を反らし、立ち上がった。 「さて、帰ろうかな!!」 「あ!お疲れ様ですぅ==!」 「お疲れ様です!」 ドアを締めた時にむしょうに寂しい思いと、悲しい思いが襲ってきた。 荻島に彼女がいても、おかしくはないし、それはしょうがない事ではある。 しかし、その彼女と普通の恋人同士のように、手を繋いだり、腕を組んだり、肩を組んだり、そして、キスを交わす…そして…その彼女と… そんな事を考えるなど、普通ならしない筈だったのに、休憩室にいたバイトの子達のあたかも現実的な話は詩織にとって、衝撃であった。 春になり、荻島は大学の4年になった。 普段は一体何をしているのか、ランチタイムとディナータイムの仕事のすれ違いが多い為に、彼の行動などはあまり分からないのだが、唯一、荻島と接点があった。 それは、詩織は土曜日の深夜にたまにSで仕事をしていたのである。 あの、夜の新鮮なムードが忘れられなかったというのもあるが、深夜2時まで出来るというバイトが見つからない事も重なり、たまたま土曜日なら、出られるという話を社員の田中に話したら、疲れないなら、出てください…という事になったのである。 詩織はランチでもなかなか会えない荻島と深夜、閉店してから、話すのが楽しくてしょうがなく、毎週土曜日を心待ちにするようになっていた。 顔を合わせると、人の揚げ足を取る物言い、おばさん呼ばわりで、平気で馬鹿にする荻島の態度。 荻島と詩織の喧嘩で喧嘩にはならない微妙なやり取りは回りの雰囲気を和やかにしていたようだった。 結局、詩織にとって、荻島に彼女がいようがいまいが、関係ない事なのである。 荻島と話してる時の楽しい時間に満足。 彼を見てる時間、彼を見ている自分が兎に角、愛しいのであった。 夏休みに入ると、荻島は時々、ランチタイムにも仕事をするようになった。 スケジュール表で事前確認をしている詩織は朝から、お昼に入って来る荻島を心待ちにしている。 仕事が終わる2時に休憩室に荻島が食事を持って来てくれることもあった。 「はい!出来ましたよ!熊谷さん、僕の愛情がいっぱい入ったお昼御飯!」 そう言うと、目玉焼きが乗ったハンバーグをテーブルに置く。 何気ない荻島のそんな言葉にフッと赤面する自分に気が付く。 「あら?私には愛情が入ってないのかな?」 笑いながら、同じく仕事を終え、食事をしている同僚のパートに言われると、荻島は慌てて 「はいはい!、ちゃんと入れておきましたよ!」 と笑い返す。 詩織はこの時、明らかに同じパートでも自分は少し違う目で荻島が見てくれているという事に、ほんのりと嬉しい気持ちになっていた。 丁度、その夏休みが終わった頃である。 Sに新しいパートが入ってきた。 詩織が彼女に仕事のトレーニングを任されたのだが、それを機に、詩織は彼女と急接近するようになった。 福永美恵子というそのパートは19歳という若さで、しかも子供までいる。 話を聞くと、その若さで何故そこまで苦労しているのか…というくらい苦労をしている子であった。 もちろん旦那はいるが、その旦那が定職を持たず、仕事をしてもすぐに辞めてしまう。 2歳の子を保育園に預け、働かなければいけない事情が彼女にはあった。 暫くすると、彼女を家に招き、夕飯をたまに一緒に食べるようになった。 …というより、子供に食べさせる御飯が無いと聞かされると、放ってはおけないのである。 彼女と子供の分くらいなら、自分の家の食事をおすそ分けしても構わないと詩織は思っていた。 その夜は紀行の帰りが遅い日だった。 詩織と美恵子が子供達に御飯を食べさせながら、ビールを飲んでいる時である。 「熊谷さん、実はね?私…Sで好きな人が出来ちゃった」 酔っていたのか、美恵子が突然言い出した。 「えっ?」 突然の告白、Sに入ってまだ日が浅い美恵子に、もう既に好きな人物がいる事に驚く。 しかし、それよりドキっとしたのは、美恵子の好きな人物が荻島ではないかという事だった。 「そう…なんだ」 念の為…というか、話の流れに任せてというか、詩織はドキドキしながら、美恵子に聞いてみる。 「で…好きな人って…?」 詩織のそんな不安をよそに、美恵子は照れた笑いを浮かべて、答えた。 「えへ…店長! 一目惚れって、本当にあるんですね〜熊谷さん!」 「…店…長…?」 予想外の答えに、再び詩織は驚く。 店長…しかも、一目惚れ。 彼女の話だと、面接の時に惚れてしまったらしい… 確かに分からない訳でもないと思った。 店長は独身で、身長はあまり高くないが、優しそうな笑顔を振り撒く、頼れそうな感じのいい男ではある。 「熊谷さんは…好きな人とか、いないんですか?」 笑いながら、美恵子が詩織に振ってきた 「…!!」 結婚していながら、密かに思いを寄せてる人物がいるなんて、そんなことは自分だけかと思っていた。 身近で恋をしてると平然と言いのける彼女を見て、口に出せるほどの若さがある事が詩織は羨ましくもあった。 この後、彼女の若さ故に突っ走る激しいまでの恋心を目の当たりにし、いつの間にか、詩織も隠れた女の性が目覚め、自分もどんどん荻島への想いを濃くしていくようになるのである。 |
2004・7・8
haori
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